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報道のあり方

報道を見て、生きづらい世の中だなと感じる
家庭内で親が子どもを叱る、手が出る
半世紀前、私の家では当たり前だった笑
それが良いことか悪いことかは別として
時代が変わり、今回は
AIも手軽になり、親子間の暴力で仕事を失うまでに発展してしまった

ここで報道すべきなのは
そもそも何が暴力なのか
なぜ暴力がダメなのか
(私の父が生きていたら、逆ギレしていたに違いない笑)
暴力の代わりにどうすべきなのか
アンガーマネジメントの習得方法と
AIとの付き合い方だと思う

真相は当事者にしか分からない
すでに当事者は社会的制裁を受けてしまったので
それ以上の報道は
当事者を生きづらくさせてしまうだけのように感じる

児童相談所や警察も同じこと
何か事件に発展すれば「何やってんだ」と非難され
連絡を受ける→動くが「やりすぎだ」と非難され
これでは萎縮して正しい動きができないと思う

親子であれば、親子だからこそ感情的になることもある
私だって息子に対して、数多くのミステイクを犯してきた
シングルマザーということもあり
「自分が父親代わりもしなければ」という力みもあったと思う
今ならば冷静に対応できると思うけれど
当時の追い詰められた自分のままであれば
また同じ結果になってしまう気さえしてしまう

加害者側になるのは、断言してもいいが、本人が幸せじゃないから
自分が満たされていたら、何かあっても感情が荒がることはないと思っている
大きなストレスを感じていたり、辛い状況
そこに何かが加わって、感情が爆発するのだと思っている
だから「暴力はダメ」というためには
人が幸せを感じて生きていることが大前提となる
なのに今の報道は、さらに追い詰め、幸せとは程遠く
当事者を生きづらくさせているように感じるのは私だけだろうか

誰かを、何かを責めても何も生まれない
むしろ人を追い詰め萎縮させてしまうだけ
幸せを感じられない人を増やしてしまうだけ
報道は事実だけを伝え
そこに関連する有益情報を提供する
それこそが報道のあり方ではないだろうか

出された報道に対してあれこれ個々が非難するもの
当事者だけでなく、人々の生きづらさを助長してしまうと思う
当事者が関係を再構築していくためにも
是非について語らないで欲しいと願ってしまう

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